2011年05月08日

2本の桜−北軽の春来る−

 ゴールデンウィークはいかがでしたか?北軽井沢にも遅い春がめぐってきました。北軽井沢観光協会の前にある2本の桜が満開です。北軽地区ではここの桜が一番早く咲くといわれているとか‥‥。これから次々と桜、こぶし、つつじと草花が満開となることでしょう。
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 観光協会の横にある桜は、かつて草軽交通のバスの発着所があった時に、草軽交通が植えた桜です。当時は数本の桜が植えられていて、区民や観光客の目を楽しませていたそうです。現在は1本だけになりましたが、毎年多くの人々の目を楽しませています。
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 観光協会のサイン看板の横にある桜は、はるか遠く岡山県美作市から運ばれてきたものです。横にある標木には『美作市観光協会姉妹提携記念樹』昭和五十二年四月十三日とあります。昭和52年といえば、当時は大井幸一氏が会長、今年会長を勇退した萩原要氏が専務理事の時でした。「岡山県美作まで桜をもらいにいった覚えがある」と萩原さんは語っていました。どういった経緯で美作市の観光協会と姉妹提携を結んだかは、今となってはわからないようです。ご存知の方がいらっしゃいましたら、お教えください。
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posted by サトウ at 10:16| Comment(1) | ニュース

2011年04月14日

詩人・童話作家 北軽井沢を愛した岸田衿子さんを悼む 

 詩人で童話作家、北軽井沢を「魂の故郷」と愛し続けた岸田衿子(きしだ・えりこ)さんが、今月7日に神奈川県小田原市内の病院で亡くなられました。82歳、ご冥福をお祈りいたします。
 岸田衿子さんは、1929年劇作家(故)岸田國士さんの長女として東京に生まれました。妹は女優(故)岸田今日子さん。東京芸大油絵科を卒業し、画家を志しましたが胸部疾患の療養を機に、詩や散文を書きはじめ、1955年に詩集「忘れた秋」を発表し、その後詩誌『櫂』に加わり本格的な詩作をはじめました。また、詩作とともに20代から絵本、童話などを次々と発表、代表作には親友の画家、中谷千代子さんと組んだ「かばくん」「ジオジオのかんむり」などがあります。作詞家としても、テレビアニメ「アルプスの少女ハイジ」の「おしえて」「まっててごらん」、「赤毛のアン」の「きこえるかしら」「さめない夢」、「フランダースの犬」の「よあけのみち」「どこまでもなどのあるこうね」などの作品を残されています。詩人の谷川俊太郎さん、(故)田村隆一さんは元夫です。
 岸田衿子さんは「私などは母親のお腹にいた時から、ここの空気を吸って(?)いたらしい。あれからもう半世紀に近く、長い呼吸器の病気もここでなおした。二人の子の親になった今でも、私はまだ夏休みが待ち遠しい。」〈「大学村便り」第2号より転載・1978年7月15日発行〉というほど、北軽井沢を愛し続けてくれました。ご冥福を心からお祈りいたします。
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posted by サトウ at 14:34| Comment(30) | 編集日記

2011年04月04日

春めいてもうすぐ「逆さ馬」?

 ここ数日の晴天で、浅間山の積雪も徐々に融けはじめ、山肌がのぞくようになりました。昨日は、好天気に誘われて、二度上峠へ浅間山を撮影に行ってきました。昨年の秋から何度か二度上峠から見る浅間山のサンセット(夕景)にチャレンジしていますが、まだ満足のいく写真が撮れません。1枚目は昨日、4月3日の浅間山、2枚目は昨年11月に撮影した二度上峠からの浅間山の夕景です。
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 春を感じさせるものといえば「逆さ馬」。5月の連休頃に、浅間山に「逆さ馬(さかさうま)」といわれる雪形が現れます。お隣の嬬恋村の嬬恋かるたでは『は』の札として「春をつたえるさかさ馬」と読まれています。解説によると、浅間山に降り積もった雪の残雪が、馬のさかさになった形になると、馬鈴薯を植えつける時期であると昔から言い伝えられているようです。また、一説によると浅間山の雪渓が数字の『1』と『2』がつながり、その下に『逆さ馬』が現れると畑仕事を本格的に始めるといわれているそうです。今年は何とか『逆さ馬』をゲットしたいと思っています。下の絵は嬬恋かるたの『は』の札です。嬬恋インタープリターのホームページから画像をお借りしました。
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posted by サトウ at 14:01| Comment(1) | 浅間山日誌