2011年04月14日

詩人・童話作家 北軽井沢を愛した岸田衿子さんを悼む 

 詩人で童話作家、北軽井沢を「魂の故郷」と愛し続けた岸田衿子(きしだ・えりこ)さんが、今月7日に神奈川県小田原市内の病院で亡くなられました。82歳、ご冥福をお祈りいたします。
 岸田衿子さんは、1929年劇作家(故)岸田國士さんの長女として東京に生まれました。妹は女優(故)岸田今日子さん。東京芸大油絵科を卒業し、画家を志しましたが胸部疾患の療養を機に、詩や散文を書きはじめ、1955年に詩集「忘れた秋」を発表し、その後詩誌『櫂』に加わり本格的な詩作をはじめました。また、詩作とともに20代から絵本、童話などを次々と発表、代表作には親友の画家、中谷千代子さんと組んだ「かばくん」「ジオジオのかんむり」などがあります。作詞家としても、テレビアニメ「アルプスの少女ハイジ」の「おしえて」「まっててごらん」、「赤毛のアン」の「きこえるかしら」「さめない夢」、「フランダースの犬」の「よあけのみち」「どこまでもなどのあるこうね」などの作品を残されています。詩人の谷川俊太郎さん、(故)田村隆一さんは元夫です。
 岸田衿子さんは「私などは母親のお腹にいた時から、ここの空気を吸って(?)いたらしい。あれからもう半世紀に近く、長い呼吸器の病気もここでなおした。二人の子の親になった今でも、私はまだ夏休みが待ち遠しい。」〈「大学村便り」第2号より転載・1978年7月15日発行〉というほど、北軽井沢を愛し続けてくれました。ご冥福を心からお祈りいたします。
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posted by サトウ at 14:34| Comment(30) | 編集日記

2011年04月04日

春めいてもうすぐ「逆さ馬」?

 ここ数日の晴天で、浅間山の積雪も徐々に融けはじめ、山肌がのぞくようになりました。昨日は、好天気に誘われて、二度上峠へ浅間山を撮影に行ってきました。昨年の秋から何度か二度上峠から見る浅間山のサンセット(夕景)にチャレンジしていますが、まだ満足のいく写真が撮れません。1枚目は昨日、4月3日の浅間山、2枚目は昨年11月に撮影した二度上峠からの浅間山の夕景です。
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 春を感じさせるものといえば「逆さ馬」。5月の連休頃に、浅間山に「逆さ馬(さかさうま)」といわれる雪形が現れます。お隣の嬬恋村の嬬恋かるたでは『は』の札として「春をつたえるさかさ馬」と読まれています。解説によると、浅間山に降り積もった雪の残雪が、馬のさかさになった形になると、馬鈴薯を植えつける時期であると昔から言い伝えられているようです。また、一説によると浅間山の雪渓が数字の『1』と『2』がつながり、その下に『逆さ馬』が現れると畑仕事を本格的に始めるといわれているそうです。今年は何とか『逆さ馬』をゲットしたいと思っています。下の絵は嬬恋かるたの『は』の札です。嬬恋インタープリターのホームページから画像をお借りしました。
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posted by サトウ at 14:01| Comment(1) | 浅間山日誌

2011年04月03日

北軽井沢マラソン、今年も中止!!

 1985年(昭和60年)から毎年行われていた、北軽井沢マラソン大会(主催:北軽井沢観光協会)が、昨年に続き2年連続で中止になりました。北軽井沢地区は、群馬県内有数の酪農地帯で、従来のコースが牧草地や牛舎周辺を周回するものであったため、口蹄疫問題の防疫面を考慮し、畜産農家への影響を配慮し、2年連続の中止を決定しました。
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 1昨年、25回大会では過去最多の3800人以上の参加者を集めた大会だけに、宿泊関係などからは、中止を惜しむ声が多くあがりましたが、酪農地帯を迂回する新たなコース設定ができなかったことなどから今回の決定となりました。北軽井沢観光協会会長に今年就任した浅井進会長は「長く続いている大会だけに、中止は残念。来年以降のマラソン大会については未定だが、別の集客イベントを協会一丸となって考えたい」と話しています。集客イベント等の新企画があれば、ぜひ観光協会(電話:0279-84-2047)や本ホームページ編集部(電話&FAX:0279−84-4142)へ御連絡ください。
posted by サトウ at 10:50| Comment(0) | ニュース